OMOTEOコラム

ドキュメントノベル「俺の肌」vol.1

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今夜もやっぱり、安田一郎はこの店にやってきた。
ここのところ毎日、仕事を終えて午後10時にはかならず このバーに顔を出している。
夜、決まった時間にやってきて、朝5時の閉店まで、きっちりここで過ごす。
話かけられれば返事をするが、自分から積極的に誰かに話しかけることはしない。
すでに店の常連とも顔馴染みで挨拶程度は交わす仲だが、彼の言葉はいつも必要最低限だ。
 
「そうだ」。「いいや」。「ありがとう」。「ごめん」。「もう一杯」。「ゴチソウサマ」。
 
彼がツーセンテンス以上のセリフを口にする場面を目撃したものは、まだ誰もいない。
そうして午後10時から朝の5時までかけて、ウイスキーのロックをきっちり7杯あける。
そんな飲み方を周りに披露し続けて、もう1ヶ月が経った。今日も朝まできっちり寡黙なままだろう。
 
だから彼がどんな人間なのかを、この店の常連たちはよく知らない。
ひとり酔いに任せて名刺交換をせがんだ男がいるが、その男の話によると名刺には
「○○○エンターテインメント 代表取締役 安田一郎」
とあったと言う。しかしそんなものはただの社会的情報だ。
好きなミュージシャンや、好きな酒の銘柄や、過去に経験した最高に笑える話や、
ケンカは強いかとか、女性にはモテるのかとか、ユーモアのセンスとか、
そういった彼の内面にまつわる肉感的な情報がまったく分からないのだ。
それはおそらく今後も分からないと思う。彼が時たま発する必要最低限の言葉に気圧され、
誰も彼の内面に立ち入ろうとしないのだ。
 
彼が放つ言葉は削ぎ落とされすぎていて、言葉の持つ意図をそのまま、
むきだしでぶっつけられる感覚になる。バーに集う人種はそういった会話が苦手だ。
言葉がウソでもホントでも、その場で笑える会話ができればそれで満足なのだ。
だから最大の関心事を誰も聞けないでいる。
ずっと押し黙ったままなのに、なぜ毎日毎日、朝までこの店に居続けるのかということを。
 
 
午前2時をすこし過ぎた頃、ふいに店内に清浄な空気が流れる気配がした。
入り口を見ると女性がひとり、扉を開けて店の混み具合を確認している。
「大丈夫ですよ、どうぞ」という店主の声に促され、女性はホッとした表情で足を進めた。
その女性はなかなかの、というより、ハッキリ言ってかなりの美女だった。
身につけているものも高級品が多い。おととしのミスユニバース日本代表だったのよ、
○○財閥創業者のひ孫なの、などと言われたらどんな男でも信じてしまうだろう。
ただし性格は非常にキツそうに見えた。
 
美女は、安田一郎のそばにくると足を止めた。
 
そして、あれ、たしかあの時の…というような表情を見せ、安田の隣に腰を下ろした。
その直後、この店の常連客はみな一様に目を丸くした。
安田のウイスキーがちょうど5杯目にさしかかった時だった。
 
「この1ヶ月、アナタをここでずっと待っていました」
 
安田が自分から他人に喋りかけたのだ。しかも今まで聞いたことがないほどの長台詞だ。
 
「1ヶ月前、アナタはこの店で酔ってボクに随分なことを言いました。経営者としての
自覚がまるでなってないだとか、スーツも持ってないの?とか、なにその帽子? だとか」
 
「おまけにこう続けました。ファッションと顔つきは若く見えるけど、ひどい肌ね、と。
そんな肌の男の会社に私なら仕事なんて頼まないと。頼むからあまり肌を見せないで、と」
 
「腹が立ちましたが、ボクは人前で声を荒げるのはキライです。それでこの1ヶ月間、
徹底的に肌をケアしてここでアナタを待ち続けたんです。アナタを見返してやろうとね。
どうですか、今のボクの肌の様子は? 仕事のできない男の肌に見えますか?」
 
安田は一言一言をゆっくり丁寧に、しかし一息にこれだけのセリフを喋った。
件の美女は唇を噛み、目の前の男の顔を凝視したまま何も言えないでいる。
安田が5杯目のグラスを飲み干すまで、ずっと押し黙ったままだった。
「…その沈黙は、前言撤回と受け取っていいですか?」
コン、と空のグラスがカウンターに置かれるのと同時に、その美女は店を出ていった。
 
「ハハッ! ついにやってやった! マスター、ウイスキーおかわり!」
 
電球が灯った時のように、安田の表情がパッとブライトになった。話を聞けば、
ずっと寡黙に飲んでいたのはモチベーションを失わないためだったという。
周囲と仲良くなりすぎると、肌を磨き上げて彼女を見返してやるという意欲が削がれると考えたのだ。
今夜からもう自分を抑えた飲み方をする必要はないと安田は朗らかに笑った。
祝いに店のオゴリでシャンパンでもどうだ、という店主に
 
「ありがとう。でも毎日ケアしているとはいえ、深酒は肌に悪いですから。
今日はこれ一杯で帰ります。もう連日ここで朝まで飲むことはないでしょう…」
 
と答えた。せっかくいい肌を手に入れたのだから、これからもスキンケアを続けるのだそうだ。
その夜は店の常連客たちも、みな自分の肌を撫でながら早目に家路に着いた。
 
 
 
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※このドキュメントノベルは実話に基づき構成したものですが、登場する人物・人名・団体・場所などはすべて架空のものです。

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