OMOTEOコラム

たとえば、アンリ・ルソーのように。

いま生きているあなたは、歴史上の人物になれるだろうか?
多くの人は、「自分はそんな人間ではないです。目立つことなど何にもしてませんから。」
と答えるかもしれない。
しかし、生きている間に見えるわかりやすい栄誉や成功を歴史と呼ぶならば、
それはリアリティの服をまとった大袈裟なTVショーに過ぎない。
本当の歴史は、その価値に誰も気づかぬままひそやかに息をし、誰も気づかないまま消えてゆく。
たとえば、アンリ・ルソーのように。

初めてアンリ・ルソーの絵を見たのは、東京のとある美術館だった。
「イヴリー河岸」という題名がつけられている。
河岸に集う人々は小さく、みな平面的に横を向いている。
無機質というのか、作者がそこへの関心が全くないかのようである。
遠近法もちょっとおかしい。空には当時出来たばかりの飛行船が浮かんでいる。
「こんな主題を隠していますからね」とか、「思想のすべてをカンバスに叩きつけました」
といった気概はまったく感じられない。
単に飛行船が珍しくて夢中で描いてしまった、というような感じである。
ただ彼の絵は、妙に心にひっかかるというか、絵の中の時間に入ってみたくなるのだ。

ルソーが生きた19世紀末から20世紀初頭は、ちょうどヨーロッパの「良き時代」だった。
世に言う、「ベル・エポック」。
地下鉄、万博、百貨店、飛行機、自動車・・・
現代につながる産業と、消費社会が幕を開け、人々は享楽的な雰囲気に覆われる。
当然、美術の世界も、華やかなりし時だった。
モネ、マネ、ルノワール、セザンヌといった印象派は、「光」を貧欲に求めた。
旧態依然としたサロン画家へのカウンターカルチャーだった。

ルソーも、そんなキラキラしたアグレッシブな流れの中にいたのか?
はたして、彼は、ごく普通の勤め人だった。
職業は、公務員である税関吏。真面目でなければ勤まらない。
当時のパリには、街を囲む城壁があり、その入り口で市内に入る者から税金を徴収していく。
不審者の見張り番のような役割もしていたことから、疎んぜられた存在だった。
「なんだよ、またあいつかよ。」
「真面目腐った顔をして、嫌ねぇ。」
「きっと何の趣味もないんだぜ。」

1分後には忘れ去られるような小役人は、仕事以外の時間は、絵筆をとりカンバスに向かい絵を描いた。
それは、どこにでもいる日曜画家の姿に映っただろう。
のんびり、ゆったり、無邪気に・・・。

のちに「素朴派」と呼ばれることになるルソーの絵は、リアリティとは違う独特のファンタジーがある。
幼い子供が、写実ではなく、それを見て受けた印象に忠実に描いたような絵。
世間はその絵を「稚拙」と揶揄し、笑った。実際、審査会などでは落選につぐ落選。
唯一の発表の場は、誰もが出品できるアンデパンダン展(無審査出品制の展覧会)だけであった。
しかしルソーはそんなことをまったく意に介さず、ただ黙々と絵を描き続けた。

自分なりの「視点」を持ち、自分への自信を持ち、ぶれることなく生き続けたルソーは、
他の画家に決して劣らず、いや、むしろ上回るくらいの強さを感じる。
しかも、彼の代表作のほとんどは、彼が50歳を過ぎてからのもの。
平均寿命が、47〜8歳の時代である。その粘りと無垢な制作意欲は強烈である。

そんなルソーが、死の間際までずっと手放さず、加筆しつづけた作品がある。
「風景の中の自画像(私自身、肖像=風景)」と題された、自分自身の姿である。

1889年のパリ万国博覧会の情景を背にして、税関吏として働きながら絵を描く自らの姿。
皆から嘲笑されていたあの頃、しかし、顔の肌はなめらかで、紅潮しながら毅然と前を見据え、
遠い未来の人に問いかけるような純粋な目で、堂々と立っている。
「時代がどうであろうと、年齢がいくつであろうと、誰が何と言おうと、私を信じている。」
「私を見てほしい。私の顔を見てほしい。この世は、私だ。」
ルソーは、言いたかったのか。自分の肖像こそが、最大の神秘であり全ての源なのだと。

他人の評価が、自らをつくるのではない。
ましてや、年齢が自分をつくるのではない。
鏡を見よ、己を見つめよ、そして、死の間際まで、自分を描き続けろ。

1910年、ルソーはひっそりとこの世を去った。
ルソーの数少ない評価者であったパブロ・ピカソは、後に「キュビズム」を生んだ。
それは、「稚拙」と笑われたルソーの平面的な構成が影響を与えたとも言う。

電車の窓に映る自分の顔を見つめ、頬をさすってみる。
諦めてはいないか。負けてはいないか、いろいろなものに。
この自分こそが、歴史そのものなのだ。
輝く顔でいよう。たとえば、アンリ・ルソーのように。

さぁ、面を上げて、男はどこへゆく。

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