OMOTEOコラム

ドキュメントノベル「俺の肌」vol.3

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「やっちまった。終わったよ、俺…」「もう会社、行きたくない」
 
 
その日の横山は、ひどく落ち込んでいた。ひどく落ち込み、ひどく荒んだ飲み方をしていた。
最初はため息をつきながら独り黙ってガブガブと飲んでいたのだが、
あまりにも陰鬱な雰囲気を漂わせていたので、店の常連たちが思わず話しかけたのだった。
「おい、いったい何があったんだ」と。「話して楽になるなら、聞くぜ」と。
もちろん言外には「今日の酒の肴になってもらうけどな」という意図が存在した。
そして横山は冒頭のセリフを重々しく吐き出したのだった。
「会社でエライことやっちゃったんだよ…」と。
 
このバーの客層は、30代後半〜50代の働き盛りのビジネスマンが多い。だから
職場で何か大事をしでかした、俺はもう終わった、という横山の告白は、常連たちの興味を強く惹いた。
人の成功談を聞いて面白いと思うことは稀だが、人の失敗談を聞くのはまず外れなく面白い。
一杯おごるからそう落ち込むなよ、と優しい声をかけつつ、
常連たちは横山の話を根掘り葉掘り引き出していった。
店のマスターは黙ってグラスを磨いていたが、目が「もっとやれ」と言っていた。
そうして皆で聞き出した横山の失敗談とは、以下のようなものだった。
 
 
横山は大手の広告代理店に勤めるコピーライターだが、
今日は新規キャンペーンに関する重要な社内ミーティングに出席したそうだ。
そこで、「やっちゃった」のだと言う。
横山が勤める広告代理店は数千人の社員を擁しているので、同僚といえど初対面であることは珍しくない。
今日の会議も、まずは召集された同僚たちとの名刺交換から始まったそうだ。
自分の上司であるクリエーティブディレクター以外、知った顔は一人も居なかった。
会議に参加していたメンバーは、コピーライターの横山、自分の上司、別部署のアートディレクター、
メディア担当のベテラン社員、マーケティング担当者、そして営業のAという男の6人だった。
 
参加メンバーを見回して、「この営業だけは俺と歳が近いな」と横山は直感したらしい。
横山は37歳になるが、その営業はどう見ても30代前半くらいの若々しさだったそうだ。
「たぶん俺より2〜3年、年次が下だろう」と見なして、横山は会議に臨んだ。
 
どこの広告代理店でも似たようなものだが、最初の会議はまず営業担当の者が進行する。
クライアントの要望やキャンペーンに掛ける予算、納期、目標などを
各部署の人間にオリエンテーションし、営業としての所見を述べたりする。
「今回はこんな感じのキャンペーンが良いのではないでしょうか」という風に。
 
その営業の言に横山は、「いやAちゃん。それは違うんじゃない?」と返した。
どこの広告代理店でも似たようなものだが、クリエーティブの人間は営業に対して偉そうにする。
一瞬、会議室の空気が固まった気がしたが、横山はお構いなしに続けた。
「クライアントの予算は○○円でしょ?だったらAちゃんのやり方は効率が悪いよ。
予算をもっとWEBにつぎ込んだ方がイイって」
明らかに自分より後輩だから、喋り方に遠慮などしなかった。そんな横山に、
営業担当のAは「なるほど、それはそうかもしれませんね。失礼しました」と丁寧に答えた。
「では次回は4日後の15時で。良いアイディアをお願いいたします」とその日の会議は終了した。
 
さあて、これから忙しくなるぞ…と会議室を出た横山に
直属の上司であるクリエーティブディレクターが声を掛けてきた。
 
「ちょっとお前…。Aちゃんとか気安く呼んでたけどお前、あの人○○営業局の局長だぞ?」
「若く見えるけどお前より10個くらい上だし、社内的にもすげえ偉いんだぞ?」
「次の役員候補にお前、何てクチの聞き方してんだよお前…」
 
上司も明らかに焦っており、「お前」を連発しながらまくしたてた。
横山は自分の顔が青ざめていくのをリアルに感じた。
 
 
…というのが横山の「やっちゃった」の顛末であった。コトの真相をすべて聞きだした後、
常連たちは「くっだらねえ」と大笑いした。
「なんだよ。出来心で○億円横領したとか、そんな話を期待してたのに」と言う者もあった。
「もう出世は見込めないから、いっそ横領しちゃえ。それで俺たちに奢ってくれ」とはやし立てる者も居た。
当人にとっては笑い事ではないのだが、常連たちにとってはB級の笑い話に過ぎなかった。
ああ、俺終わった…と頭を抱える横山に、見かねた店のマスターが助け舟を出した。
 
「そのAさんって人、たぶん俺の友達のバンド仲間だよ」
「電話つないでやるから、直接あやまっておきな。許してくれるよ、それくらい(笑)」
と言ってマスターはスマホを取り出した。
 
「あ、もしもし佐々木? あのさ、お前のバンドでボーカルやってるAさん居るじゃん?
ちょっと俺に電話してくれって伝えてくれない?…うん、うん。サンキュー」
 
しばらくの後、マスターから「ほれ」と手渡されたスマホの通話相手は果たして、
紛れもなく営業局長のA氏であった。
横山は今日の無礼を必死で詫びた。若く見えたので、てっきり後輩だと思い込んでしまったと。
 
「おお、嬉しいこと言ってくれるね(笑)。実はこの間から毎日スキンケアしてるんだよ、俺」
 
と、AちゃんもといA氏は朗らかに横山を許してくれた。
 
 
 
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※このドキュメントノベルは実話に基づき構成したものですが、登場する人物・人名・団体・場所などはすべて架空のものです。

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